このごろ日記

2026年4月29日(水)

4月29日(水・祝)
孫娘(1歳8か月)は今シールに夢中と聞いております。
よく遊びにきては机でおとなしくノートにペタペタと
シールを貼ってあそんでます。
そこでジイジは点数を稼ごうと現在やってる(5月6日まで)
池袋のファンファンフェスに行ってキラキラシールをたくさん手に入れようと思いました。
買い占めよかな😳
大人買いですなぁ。😳
そこで~残念なぁことが判明。
げっ!😭グッズとか
「お1人様3個まで」かよ。
やっぱりなぁ。
「あ~僕は元歌のお兄さん、坂田おさむなんですけど~」
売り場で言っても多分ダメよね(笑)←しないけどさ
忖度許されん!!(汗)
そんなことをして手に入れた汚れたキラキラシールは喜ばれまい。
それにしても、そうか、3個までかぁ~ううう。
画像

2026年4月22日(水)

2026年4月22日(水)加藤晃さん

この頃日記より先にツイッター(X)に出してしまった(スマン)が、加藤晃さん追悼のお話です。

亡くなられたことはもっと前から知ってはおりました。ご遺族のご意向もあったりで、皆様にお知らせするのも待っておりました。

毎年開催された加藤晃さんの展覧会には、ほとんど参加させていただいてました。ツイッターにも書きましたが番組を通してのお付き合いが始まって約40年ですもの。加藤晃さんは、歌の兄姉・体操の兄姉・NHKスタッフのみなさんとの関係とはまったく違う立ち位置の方でした。特殊な才能を持った特別な方が番組に力を貸しているという感じかなぁ。

偉大な芸術家と言っても良いと思う。ピュアな心を持った大きな優しい存在。

こんな僕に接してくれる時は本当にフランクで、優しい友達のイメージでした。どうしてそうやって接して下さるのかはあんまりよくわからなかったんだけど、とにかくそんなかんじ。晃さんとの年齢差を考えたら生意気なクソガキに見えてもおかしくないと思う。「とんでもトン吉」をすごく気に入ってくれて、あの月歌のアニメーションは凄かったなぁ。本番スタジオの隅でいつも小道具の用意をしたりしている姿を見ると本当のプロの姿ってこういうのものなんだよって体で表現してたっけ。なんか、いつまでもず~っと存在してるのが当たり前に思っていたけれど、もう姿を見ることはないんだなぁ。もういないんだなぁ。でも作品はずっとずっと残るんだなあ。

 

 

加藤晃 作品

2026年3月22日(日)

2026年3月22日(日)

 

おいおい、この頃日記いつぶり?う~~ん忘れるくらいね。

X(旧ツイッター)とか、インスタでは時々なにかしら言ってるけど

肝心の自分のホームページはこのありさま。大事にせにゃね。

あーちゃんと共に深く反省いたしまする。すまん!(汗)

今年の花粉はう~~んまずまずかな。かなり来てるけど去年ほどじゃないね。

何か皆さんに伝えたくてこのごろ日記を開いたけれど、何から話せばよいやら。

いっぱいいっぱいあるけれど・・・。

孫娘が生れたのは言ったよね?今1歳半だね。しょっちゅう会えるわけではないけれどね。

子供の成長はすごいよね。とても面白いです。

テレビモニターの歌ってるおさむお兄さんを見てから、リビングにいる

現実の私を見る時かならず「ニヤッ」とした表情をします。

それはそれは不思議な表情。「ハイ、すべてわかっていますよ~私」的な(笑)

モニターで歌ってるのは仕事の人!

リビングのここにいるジイジは私のジイジ!

~てなもんかな。秘密(笑)を知ってる的な。

ではまた。日記書きますね。よかったらまた見に来てね。

あーちゃん反省

2022年10月31日(月)

2022年10月31日(月)

⑭番の謎の巻き

 

一昨日、宇都宮のファンターネがやってきた!公演から

戻りました。

それはそれは楽しい公演でした。

皆様ありがとうございました!

帰りの新幹線の出発までに時間があり、一人で宇都宮駅中の立ち食いカウンターのおソバ屋さんに行きましたとさ。

きつねソバ。

店外の自販機で買った食券をカウンターで渡したところ真面目そうな店員さんから番号札⑭番を渡されまして、呼ばれるのを待ちました。

「⑭番さ~~ん」ソバを受け取りに。

美味しくいただいていたところ、次のお客様ご来店だよ。

やっぱり⑭番の札を渡されたらしく「⑭番さ~~ん」と呼ばれソバを受け取りに。

僕と同じ番号だったなぁ。

などと考えながらソバを食べ続ける・・・。

その後、見てたら結局、同じようにずっとご来店の方々には同じ⑭番の札が渡され、行ったり来たりで大活躍だった。

店内で「⑭番さ~ん」が呼ばれるのを僕はきつねソバを食べながら結局5回聞きましたとさ。

ま、どうということではないんだけど、他に番号もあるだろに。なんでまた。⑭番。

ゲン担ぎかいな?

あのお店のラッキーナンバーかしらん。

 

そう言えば、僕はこの頃はあんまり考えなくなったけど、ジムのロッカー番号を⑯番に決めていた頃があったっけ。

ロッカー番号⑯番を使った日に初めて番組に歌が採用されたんだよね。

⑯番を使うと良い事が~。そりゃあ嬉しかったもん。

 

P・S

渋谷のハチ公象の顔が笑って見えたらきっとよい事がありますよ。

(多分)知らんけど。ハチ公

2022年10月24日(月)

2022年10月24日(月)の午後9時半です。

この頃日記、書くのもう2年ぶりくらいかも。またどうぞ宜しくね。

あ、言っておくけど、たいしたことは書かないからね~~。てへへ。

 

昨日の夜遅く、神戸と和歌山のファンターネ!がやってきた公演から戻りました。

関空より羽田へ。

羽田から深夜タクシーに乗ったのはいつぶりかなぁ。いやぁ久々だった。

あつこお姉さんやきよこお姉さんとの公演内容はとても楽しく、

有意義。この3人は勿論初めて。リハーサルをたくさんしながら

こういう歌い方するとこういうふうに反応してくださるのですねと、勉強になりました!!

あつこお姉さんの歌声は本当に優しく可愛い歌声なのです。テレビと同じだね。

そこいくと坂田おさむの声はどちらかというと、ハスキー(笑)。破れ傘系とも言えるかもな。

いわゆる美声では絶対ないのは知ってるし。ふん。

なるべく彼女の歌声に合わせたソフト路線をと思うのですが、どうだったんだろうかのう。

まあ、どちらにしろ、一番大事なのは「楽曲のイメージを最大限に表せる」ようにというスタンスだわね。

深夜帰宅して、缶チューハイを飲みつつ、「鎌倉殿の13人」の録画を観たよ。

和田殿がなんだか可哀そうなことになっていくのだね。

そう言えば、ああいうかんじの友達、僕にもいたよ。

良い奴だった。

小学3年の時、ソロバン学校に一緒に通ったんだ。足の速い男の子で

いつもいつも1等賞をとっていたよ。ある日早く走る走り方を教えてもらったんだ。

なんと次の運動会で僕は彼を抜き、1等賞を取ったんだ。喜んでくれるかと思ったが

それ以来彼はなんだかよそよそしくなったんだ。

人生って難しいのかもしらんと初めて思った頃だね。10歳頃かぁ。もう半世紀以上も前の話。

B1-2_pos.OL

この頃日記

2021年1月11日(月)

2021年1月11日(月・祝)

 

本日、成人された皆様誠におめでとうございます。

大人の仲間入りですね。ようこそ!!待ってましたよ!!

ささ、みんなで、よい社会をつくりましょ。(表現がぼんやりとしてるけど、きわめて真っ当な言葉ですよね。エヘ)

 

あっという間に、お正月もおしまい。

これと言って、それらしいこともあまりなく・・。

(お雑煮はお餅2ケ・七草がゆもたべました。近所の神社に初詣行きました←それで十分なのでは!)

正直、コロナを引きずっての地味地味お正月でした。勿論北海道の帰省なしね。(母さんごめんね)

 

緊急事態宣言ですって。(汗)

 

昨年の4月のは、かなりインパクトがあったけれど。

それでも、今日この窓から見るかぎり、時々パラパラと学生さん?の自転車が通るくらい。

いつもの交通量の半分以下かな。いやもっと少ないかも。

見る限り、ちゃんとみなさん自重されている気配であります。う~偉いなぁ。

 

しかし、まあ、「なんでこんなことに!」・・・って、言ってもしかたないけど。

もう、世界中でこの「なんでこんなことに!」のフレーズは飽きるほどに

使われた事でしょう。

医学の心得もないし、科学者でもないし、疫病の知識もないし・・・。

あ~あ。どうしたらこういう時、人の役に立てるのだろう。(これは本心)

僕は歌を作って歌うだけで本当に良いのでしょうか?それがとても心配です。

何を信じて、どうして行くのが一番正しいのかなんて、ちっともわからない。

今のところ「大きな声」の人の言う事を聞くしかないんだなぁ。とっても残念だけど。

僕は、今、68歳。なぬ?!

世の中的には完全ジジイじゃありませんか。いえ世界的にもジジイ。(自虐もここまでくると笑うのみ)

どひゃ~~。そして図々しく(大汗)時々歌のお兄さんを名乗ったりしてる。

ゴゴゴメンナサイ!許してね。なるべく『そのように』頑張り、振る舞うようにするからぁ~。(先に謝る)

 

子供の頃考えた68歳ってさ、いろんな知識があってさ、酸いも甘いもかぎ分けちゃってさ、何か事が起こると「あ~それはね、これこれこういうことなんじゃよ~。ちみ(君)ぃ~!焦ってはならんぞぉ~。ハッハッハ」

な~んて、少しゆっくり目に言葉を噛み締め、斜め45度を見てるように見せかけ、語る姿が目に浮かんだものさ。

そして、そんな人の言う事は、聞こうとも思わなかったし、ズレまくってて、哀れにも思えたもんさ。あ~アホらし。

しか~~し、BUT、しか~し。

実際その年齢になってみるとですね・・・・こいつ!あ~わたしのことですからね!!

 

やっぱ・・・だいたい当たってる・・・。(涙)

 

知識なんてスマホやパソコン調べるので十分!!

言う事もだいたいズレてる。

近くを見るのに絶対メガネがいる。(必須)

メガネ忘れたときは見えてるふりをする。

小さい文字のメニューは見えなくて面倒だから、お勧めを聞いて「それ!お願いします」にする。

 

ま、こんな感じ。

やっぱり良いところあんまり(ほとんど)無いんだよね。とても残念だけど。

ただ、ただね!(これから本題)年齢を重ねると、なんとなく、なんとなくね、このままじゃまずい状況なのでは?とか、こっちの水は甘そうだが危ないのではとか・・・。この、「なんとなく」の「感」は働くような気がするんだよ。

ま、それが外れた場合、爽やかに笑って(これ大事)頭を掻くようにするけどね。(笑)

さあ、さあ、皆様にとっても僕にとっても良い一年になりますように!!

←これはお願い当たってくださいっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年11月30日(月)

11月30日(月)

 

コロナ禍の中、万難を排しつつ、幸手市で11月28日(土)みんなのうたコンサートが開催されました。

アスカル幸手本当に本当によかったです。

嬉しくて、前日はなかなか眠れませんでした。これホントだよ。

子供の遠足の前の日みたいだったよ。

 

テツトモさんやユカイさんも同じような事リハーサルの時言ってました。

やっぱり歌を歌う者として、直接みなさんの前で歌えるというのは

いつもなら当たり前だったものが、そうではない状況に置かれて、なおさらに

その有難さに気付くのでした。本当に嬉しかったのです。

 

朝日新聞の取材記事(ヤフーニュースとかも)が29日(日)に出て

いろんな方々から「読んだよ」ってメールやお電話をいただきました。

ありがとうございました。

そして、みなさんの記事への反応も、(ツイッターとか)とても良く書いて下さって有難かったです。

本当にどうもありがとう!!

 

自分の過去のお話ですから、その時の記憶やら、どうしてそう思ったのかとか

今の自分と、かなり乖離があったりして誤解を受けるかもしれないと、とても心配でしたが

本当に正確に記者の方(滝沢さん)は書いて下さいました。

ほら、よく、そんなつもりで言ってないのに~・・・とかってあるでしょう。

そういうことはまったくなく、僕が思っていた、考えていた通り、記事はそのままのホントの気持ちでした。

そして滝沢記者の取材への取り組みの真剣さが、本当に伝わってきました。とても感謝しています。

 

さてもう師走ですね。

今年はコロナで明け暮れの日々でした。やっぱり辛かったね。(まだまだ過去形にできないけど)

いやが上にも自分を見つめる時間がたっぷりでした。

いろんな意味で精進せねば。一歩一歩踏みしめて精進せねば。

そう自分に言い聞かせるのでした。

心から笑って会える日を信じています。一緒にゆっくり歩いていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年11月16日(月)

11月17日(火)

 

坂田めぐみさんが10月28日(水)初のソロCDアルバム「☆えっさほいさ」

を出しました。

コロナ禍が世界を覆うなんてとても予想がたたない昨年秋頃でした。

ソロCDアルバム出したいと言ってましたね。

いろんな障害を乗り越えて、とうとう、発表にこぎつけたんだね。

本当に僕は、この彼女のソロアルバム「☆えっさほいさ」制作にはノータッチでした。

彼女の自分の作品をどういう風にCDにするのかも、テスト盤もらうまで知らなかったんだよね。

 

感想を一言。「バイトリーダー」って言う曲、これはなかなか良いね。

 

誰もが 同じ

思い通りには いかない世界

フシギで お月様を見ている

 

誰もが 同じ

思い通りには いかなくてもめぐCDジャケット

フシギと おひさまに感謝する・・・・

 

そうか、そんなふうに彼女は人生をとらえる人になっていたんだね。

不思議な気分でした。僕の若い頃の仕事に対する感覚に似てるような。(笑)

 

そして、「ストレスフリー」の歌詞も同じシンガーソングライターとして

ちょっと妬けるくらいよくできていると思う。メロディも凄く良いと思う。

 

まちがえてる まちがえない

右へ左へ そのへんで たちどまる

 

老いも若きも 春も夏も

わんこでも にゃんこでも 誰だって たまるから

 

ストレスフリー ストレスフリー

さあ力をぬいて 歌おうよ 踊ろうよ

 

まちがえてる まちがえない 右へ左へ そのへんで たちどまる

・・・な~んていう表現は、今の世界の状況をはからずもとらえていたようにも思えるんだ。作ったのはコロナ禍のもっと前らしい。

そして犬や猫も出てくるなんて・・・。

 

本当に、今だね。ストレスフリーな世界を渇望する、今の歌だと思います。

 

このCDアルバム「☆えっさほいさ」沢山の人に聴いてもらえるといいね。

http://tower.jp/item/5077924

発売おめでとう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

めぐCDジャケット

2020年9月4日(金)

9月4日(金)

 

先日、リモートライブ(ZOOM)というものを初めてやりました。

リモートライブという形態には不安がいっぱいでした。

でもやってみたら・・・とっても楽しかった!!

皆様ありがとうございました。(坂田めぐみとの共演)

繧ケ繧ッ繝ェ繝シ繝ウ繧キ繝ァ繝・ヨ 2020-08-30 15.13.26

 

歌のお兄さん以前は、ライブをものすごくやってました。

年間100本以上、いやもっとかなぁ・・・。

バンドだったり、ソロだったり、サポート(バックギター)がついたり、いろいろな形態でね。

でもね、そのライブにはいつも目の前にオーディエンス(お客様)がいました。(まぁ、お客さんの多い少ないはあったけど・・。アハハ)

1970年代、地方のライブハウスでお客様が、1人って時があったよ。

「ByeーBye東京」でソロデビューするちょっと前だったかな。

セミプロ時代とは言え、これってマジなんだよ。(笑)

途中から、3人入ってきたから最後には合計4人になったけど。それでもねぇ~。(笑)

最初の一人目のお客様がとっても可哀そうだった。(笑)

ま、僕も可哀そうだったけどね。(笑)

店のオーナーもよく開演のGOを出したもんだよね。

完全に一対一ですよ。

普通にステージ出て行って「コンニチハ」って普通に挨拶したよ。

客席にポツンと一人で座ってる人に「コンニチハ~~ッ」!って声を張るのってやっぱり変でしょ?(笑)

そんなわけで?反応をみながら、曲を変えたり、MCが変化したり、ノリが変ったり・・・。

一言で言えば、その場のお客様と創り上げていく、その空間がライブだと思っています。その場に人がいないライブなんて・・・と、リモートのライブには懐疑的でした。

しかし、今、そういうことが難しい状況、どうしたらみんなと繋がっていられるか、いろんなミュージシャンが試行錯誤しながら頑張っています。

特に若いミュージシャン達の意欲はすごいものがありますよね。

どんな方法にしろ、繋がろう!という意識(何かを発信しようという意識)を持つことは素晴らしいと思います。負けられないよね。

 

そんなわけで、先日のリモートのライブ、楽しかったです。

ありがとうございました。

今回のリモートライブはZOOMという性質上、有難いことに双方向だったしね。新しい別のライブの在り方なのかもしれないね。

 

この頃日記 2020年7月15日(水)

2020年7月15日(水)

この頃日記

昔せっせとアルバイト!!の巻

2020年も半分過ぎて、コロナ禍のことや、酷い水害のことや、大袈裟ですがなんだかもう一生分の世の中の困難を見せつけられた気にもなりますが・・・いやぁ、でも、頑張りましょう!負けないで頑張りましょう!そうしましょう!!ねっ!!頑張りましょう。

 

と言う訳で・・・。むかしむかし・・・。

ハイ。今から45年~46年前ですよね。

1974年から1975年あたりの坂田おさむ「坂田修」ソロデビュー前。

22~23歳だもん。記憶は若干行ったり来たりしております。

歌のおにいさんになる約10年前だも~ん。

あやふやふやふや。

だってあなた、45年前あたりの記憶ってすぐにでます?・・・って威張ってるわけじゃありませんのでございます。

世の中的には、新幹線が東京~博多まで通ったり、ベトナム戦争が終わったり、およげ!たいやきくんが流行った頃かしら。

何?み~んな知らないのぉ?あ~あ。ん~も~知らないっと!!・・・・でも、ついてきてね。

 

そうです。

ロックバンド「宿屋の飯盛り」を脱退したあとは・・そんなすぐにはソロデビューできるわけもなく・・・。

アルバイトもちょこちょこと・・。

今日はその話ね。

交通量調査のアルバイトって知ってます?これって日払い可なんだよね。車は多いし外の空気も悪いところだったけど、でも気楽だったかも。

こう言うバイト今はもうあんまり見かけないかしらん。

交差点やら、信号機の近く、道の途中あたりで、パイプ椅子にすわって孤独そうに何やら手に金属製の計算器みたいなの持ってカチャカチャやってる人・・・。そ、人の流れやら、車の流れを調査カウントするんですよ。でも結局あれって何になるんだろ~ね。謎だった。

ところで谷啓(たにけい)さんって方ご存知?

ギャグのスーパーグループ、クレージーキャッツ(いかりや長介&ドリフターズのず~~っとずっと先輩)の一員ね。

NHK教育テレビでは「がんこちゃん」の声なんてのもやってらした。

あれはたしか高井戸の高速道路の入り口?だったかなぁ、交通量調査アルバイトしてる時でした。

車に乗った谷啓さん(多分高級外車だったと思うよ)が、車の窓をゆっくりあけて「何してるの?」って僕に聞いてきたんですよ。

子どもの頃から大好きだったあのクレージーキャッツの、あの谷啓さんがだよっ!!

あ~谷啓さんだああああ・・・。芸能人から声を掛けられるなんて~。(驚)

「ハ、ハイ。交通量調査でございます(汗)」って緊張して答えたら「ご苦労様だね。これ食べなよ」って、チューインガムを僕にくれたんだ!!おおおお。

 

本当は「ガチョ~~ン」とか「ビロ~~ン」って言ってほしかったけど。(笑)

あ、ガチョ~~ンって昔、谷啓さんが流行らせた流行語ね。

いまだったら何って言えばいいのかなぁ。

吉本新喜劇あたりの、ぼけたら全員でコケるかんじでしょうか。

「ガチョ~~ン!」って言った後、周りのみんなが総動員でコケるのが本当に好きだった~~。

その方がこの私にガムをくれたんです。(大喜)どんなに嬉しかったことか。

子どもの頃毎週日曜の夕方、欠かさず見ていたクレージーキャッツが出演する「シャボン玉ホリディ」ってテレビ番組(今週のギャグはこうだったなんて毎回ノートに箇条書きに書いて喜んでました)の、あの人なんですぞ!!

ああ、あのバイトをやってて本当に良かった~~。

それからね、交通量調査ってのはあんまり人と話さなくても良い仕事だったしね。

車や人のカウントとかしながらずっと頭の中ではメロディを考えていたっけ・・・。

ただ、まだ、録音できる機材(スマホのボイスメモみたいなものとか)を持っていなかったので良いメロが浮かんだ時は必死に忘れないように、ずっとそのメロを歌いつづけてアパートに戻るまでが大変だった。(笑)

知りあいに会っても挨拶したらメロを忘れるかもしれないから絶対ガン無視。

あの頃は付き合いずらい、嫌な坂田君だったと思う。

や~な奴だったぜ。(笑)

 

さ~て、次回は・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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