坂田おさむの過去振り返り話第3弾・・。
「やっぱ売れないと厳しい~っ!!」の巻
1973年。大学3年。二十歳。初夏だった。セミプロ的ロックバンド「宿屋の飯盛」に入れてもらいました。(それにしても、物凄いネーミング。リーダーYさんが付けたらしいよ)
このバンドもコンテストで知り合ったんだ。
だってやっぱり、エレキギターを弾きたかったんだよ。
あの頃下宿で一人フォークギターを弾いてると、なんだか悲しくなったもんさ。(笑)
世の中的に四畳半フォークって流行りつつあった頃。「神田川」「赤ちょうちん」って歌知ってる?良い歌だけどメロディも歌詞もと~っても悲しかったんだよね。(笑)
僕は雇われ的なバンドメンバーだったけど、思っきりロックバンドでアンプを通してエレキを弾けるのは嬉しかったなぁ。エレキギター二人、ベース、ドラム(女性)、ピアノの5人編成。セミプロ的なバンドでした。そのうち、パーカッション・ボーカルという事でこれまた女性のIさんが参加。6人編成の大所帯に。そうね特徴は女性ドラムかな。
いつも問題になったのは、若干ドラムのリズムが走るのが難点ということで練習後のミーティングでは、激しくすったもんだしていました。そう学生の軽音クラブのノリと思っていただいて良いです。バンドをやったことがある人はわかるかもしれませんが、リズムが走るということはかなり致命的。それでも、当時、女性がドラムと言うのは珍しく、プロでデビューするにあたっては、なかなか良いのでは?ということでした。そのドラムの女性はとっても人間的に良い人でしたが・・・。(人間性とテクニックは関係ないけどね。)
なんせ、まだ、レコードデビュー前のセミプロ状態。メンバー全員みんな好き勝手に自分の音楽を主張したがるお年頃。毎回、練習中は結構な口喧嘩「下手くそ!」「なんだとぉ!」の超修羅場。(笑)それでも、時々、思うようなサウンドが出来た時はやっぱり嬉しかったもんです。とにかくお金がなくスタジオなんて借りられない(そもそもあの頃レンタルリハーサルスタジオってまだなかったのでは?)から、練習場所はリーダーYさんのご自宅の居間でした。大田区の御岳山。ここって超住宅街。
ご近所からはうるさがられてたと思いますよ。それでも、なんと次の年、日本最初の野外ロックコンサート、日本の「ウッドストック」って言われたワンステップフェスティバル(3DAYS)っていう大きな野外コンサートに出たんだよ。今の、フジロックフェス系の前身かな。
内田裕也さん、かまやつひろしさん、沢田研二さん、上田正樹さん、、オノヨーコさん、ミカバンドとか・・・そうそうたるロック系バンドが出てました。ただ、僕らはやっとデビューしたばかりの新米バンドだったから、リハーサル時間をほとんどもらえず、物凄く不利な音響状態でした。え?これで歌うの?演奏するの?野外なのに返しのスピーカーに自分の音がないけど?・・・・。
今でも覚えてるもん。そうとう悔しかったんだね。あ~ら可哀そね。(笑)たっぷりリハーサル時間をもらえる有名バンド。それに引き換え、舞台に上がってほとんどいきなりそのまま即演奏スタートしてねと言われる僕ら。うそでしょ!!この差別待遇。(ま、お弁当は同じだったけどさ)
この世界、「人気」や「力」をもたなくちゃだめなんだってことも嫌と言うほど味わったんだ。そう、とっても勉強になったよ。
さ~て次は、坂田君、このバンドを脱退していくお話を・・・・。
45周年を記念したライブも無事終了。
たくさんの皆様に祝ってもらって嬉しかったなぁ~。
本当にありがとう!!
前回のこの頃日記では、ロックバンド「宿屋の飯盛」に入れてもらうまでを書いたかな。
実はその前、ちょっとだけ、(1年くらい)コンテストで知り合った
フォークバンドに入れてもらったことがあるんだよ。へぇ~。(笑)
プロデビューはできなかたけど、自費制作のレコードは作ったんだよ。(僕はお金出してないけど。だってお金ないも~ん。)
女性ボーカルにバック伴奏の男性二人的な。
そうだね、今だと、「いきものがかり」的かな。
しゃあない、フォークギターを買ったさ。(YAMAKIっていうメーカー。安いけどいい音だったと思う。)
だって、それまで、フォークギターちゃんと弾いたことなかったからね。
僕のギターはセミアコのエレキギターで、アンプを通さなくても音は聞こえるんだよ。
ま、そんな完全エレキ・ギター少年でした。
今でも、F・ギターの弾き方が変だよってよく言われるんだ。
サムピックをたたきつけるような弾き方は、実に変かも。フィンガーは今でも苦手だし。
そして、ちゃんとは覚えてないけれど、3人で新宿に前衛的なお芝居と歌の生演奏を見に行って(当時流行ってたんだ。黒テントとか赤テントとか)、そこで演奏していた小室等さんに会えたことがあるよ。
帰りがけにお見かけしてお話をさせてもらったんだ。(立ち話的)
有名人だからすっごく緊張したっけ。あの頃は六文銭にいたのでは?
「フォークギターうまくなる方法ってありますか?」って聞いたら
「歌は作るの?」ってたしか聞かれて、なんとなく「ハイ」と答えたら、笑いながら、「ギター上手くなることより、沢山歌を聴くことのほうが今は大事じゃない?ギターは弾いてるうちになんとかなるしさ」と、こともなげに、するっと言われたんだよ。
赤い鳥の新井潤子さんと同じようなことをね・・・。
歌を作るために歌を聴く?・・・・。
そう言われて、やっぱりそれまでの僕の歌に対するアプローチが偏っていたんだなぁと納得したんだ。
さっそくカセットテープ(大量安売り)を買ってきて、ラジカセからいろんな歌録音に励む毎日が続きましたとさ。(レコードは高くてよっぽどじゃないと買えなかったんだ)
その音質はまったく酷かったけど、そんなことより、歌が聴こえりゃいいんだも~ん。
音質にこだわる気持ちはまったくなく、今でもその癖が抜けず、レコーディングの最終トラックダウン(整音)とかは苦手かもね。(笑)
さて、次回はいよいよロックバンドに入るところからかな。
あ、学校は時々は行ってたからね。あはは。真面目でしょ~。(笑)
ロック界のサラリーマンを目指したかったんだ~。ガハハ。(笑)
梅雨に入り体調とか大丈夫ですか?
北海道生まれの僕にとっては、その昔、東京の大学に入学して初めて経験した6月の梅雨ってやつにはびっくりだったよ。(知ってるかもしれないけど北海道って梅雨はないからね)
本当に本当に毎日毎日雨が降るんだ~~。ジトジトと。
童謡の♪あめがふりますあめがふる~遊びに行きたし傘はなし・・・・の世界が本当にあるんだと実感したよ。
まだ東京の暮らしにも慣れていなくて、学校内の友達もそんなにいなくって・・・。
なんだか、雲におおわれた薄暗い都会の空を見ては、気持ちが落ち込んだものでした。
あの頃、思い切って?アルバイト(交通量調査だったと思う)して大学の生協購買部で、ラジカセ(この響きはもうわかんないでしょ?)を買ったんだよ。
これを頼りに、深夜放送とかFMラジオ音楽を録音したり、情報をいろいろと手にいれて、フォークのコンテストとかに出始めたんだよ。
あの頃、赤い鳥(フォークバンド。「翼をください」で有名ですね)の新井(山本)潤子さんにファンレターを出したら、なんと返事をもらったよ。
嬉しかったなぁ~。雲の上の人だと思っていたから、本当に感激だったよ。
僕は「一人ビートルズ」のような歌を作りたいといつも考えていたっけ。
「たくさんの歌をどんどん聴いて、自分の栄養にして下さいね」って書いてあったんだ。
単純な僕は聞かず嫌いだったクラシックも聴くようになったよ。(笑)
そのうち、コンテストで知り合ったロックバンドに入れてもらって歌うようになって行くんだけどね・・・。大学2年生の頃。1971~2年頃だね。
さて、この続きはまた~~。(笑)
打合せって言いながら、世間話は楽しかったなぁ・・・。(笑)
さてさて、今日は、全国的に気温が低めだとか。
毎日温度差が激しくって、皆様体調崩してませんか?
SNS等、このところ、人様のブログを読み感動すること多し。
僕も、ちゃんと、人に「何か」を伝える「努力」はやっぱり必要なのでは?と改めて思う今日この頃。
取り合えず、「この頃日記」だね。
頑張れ~~~!!おさちゃん!!←自分で言う。
NHK-キッズソング三昧生放送9時間、無事終了いたしました。
応援ありがとうございました。
たくさんのリクエスト本当にありがとうございました。リクエスト
全部にお答えできずゴメンナサイね。
生ライブも、楽しく歌えました。
頑張って下さった番組制作スタッフのみなさんには頭が下がる思いでした。
そして、生放送「今」歌っているこの声が、日本のどこかの誰かに?にそのまま届き、耳を傾けて下さっていると思うと、なんとも言えない充実感がありました。ライブはやっぱり良いです。
5月3日(金)
1959年だったと思います。僕はまだ、7歳。
旭川の外れ。大雪山のふもと。雪解けしたばかりの田舎にも
テレビの受像機(白黒画面)が少しづつ増えておりました。
「あの家にテレビが来たんでないかい」の噂がよく立って、すごいなぁ~、いいなぁ~とわたしら子どもの羨望の声。
テレビが「来る」って表現がぴったりの時代さ。(笑)
サンタクロースが来るみたいでしょ。(笑)
あ、まだね、テレビって高額なものだったんよ。
日本が高度経済成長期に入る前のお話だかんね。
皇太子さま(上皇になられました)のご成婚パレードを見ようと、あの日、大勢がテレビのある親戚の本家に集まっておりました。
親戚のおばちゃん達から「わ~~美智子様お綺麗だわぁ!」と大歓声があがりました。
そんなご成婚パレードをリアルタイムに見た記憶があります。
パレードを見ながら、なんだか誇らしいような、子供心になんだか、ワクワクしたことを覚えています。
そう、あれから、もう60年近い年が流れたのですね。
昭和、平成終わって、令和ですもの。
日常の事は変化してはいない のですが、新しい時代が幕開けした気持ちです。
誰かの心に寄り添い、少しでも心にのこる歌を作り歌いたいと、本当に本当に思う今日この頃でした。(おお、大人の発言ですなぁ~)
子どもの日のNHKキッズ三昧のラジオや、6月のライブハウスのソロライブ。(是非来てね)
今、ある目標に向かって、さあ、一歩一歩取り組もうっと!!
令和・・・・。うん。良い響きですね。
み~~んなに幸あれ!!
4月22日(月)
帯広のガラピコ公演、新シリーズスタートでした。お陰様で楽しく歌えました。ありがとうございました。
さて、この写真左上の自分の指が映ってしまっていますが、それには訳が・・・。
画面中央をよ~~くご覧下さい。何か小さな黒っぽいものが写ってますよ!
ハイ、エゾリス?であります。朝の散歩で帯広神社あたりで発見。
ちょろちょろと出現。大自然の中から出てくるのでやはり嬉しい。
まあ愛らしかったこと。
帰りの帯広空港までの途中の夕陽も、THE北海道でした。久々感動!!
さて大事なお知らせです。
6月23日(日)にライブハウスに出演することになりました。
江古田マーキーと言うところです。東京練馬区江古田にある老舗ライブハウス
(西武池袋線 江古田駅南口から歩いて3分)http://www.marquee-e.jp/
チケットはローソンチケットで5月5日(日)10時から発売されます。
ローソンチケットLコードは 74886 です。
なお4月28日(日)午後17時から店頭発売が先行であります。
マーキーの電話 03-3994-2948
純粋ライブハウスは8年ぶりかな・・。
気合入ってますよ。是非会いに来て下さいね。待ってます。
坂田おさむ 歌のお兄さんだけじゃない姿をごらんにいれましょう。(笑)
この頃日記、ひさびさ登場。
令和(れいわ)ですかぁ~ニャ。
おおお。彼女(あーちゃん)も、なんやらこの元号に嬉し気ニャ。
このところ、坂田忙しいっちゃ忙しい日々でした。
一生懸命にやっても相手に伝わらないことってありません?
このところ、仕事ではそんなことがず~っと続き、けっこう激しく滅入っていたことは確か。(笑)
「いいもの」を作るってけっこう難しい世の中になってきてる気がするんだよね。
「いいもの」の定義がものすご~くお気楽になってきてる気がするよ。お気楽って僕はとっても好きな言葉なんだけどね。でも、それだけじゃ、きっといつか寂しくなって後悔することがあると思うんだ。
このところ「未来を見据えた真面目さ誠実さ」(ある種の愚直さ)みたいなものが、田舎者みたいに、時代遅れみたいに笑われて、避けられてる気がするんだよ。
おお、坂田、どした??!偉そうにぃ~~。(笑)やっぱ辛かったんか?よしよし。(笑)
えい!っと、お花見に出かけました。
花は、咲いてるそれだけでもちろん十分。しかし散っていても十分。
咲き誇る花もいつかは散り、また、次の時代に・・・。
実に淡々としてますよね。
その、淡々としたたたずまいが超かっこよく、やっぱり素敵でしたよ。
ヒントになるものをいただきました。
そうそう、自分の信じる道を淡々と進もう~~~っと。
でも準備運動もしっかりね。転ばないようにね。
年も考えろよ・・・。ハ~~イ!
3月23日(土)
おさむお兄さんは、やっぱ、どこか、抜けてますなぁ~~。
ちょっと古い話だけど・・・・。
先日の鹿児島公演の2回目だったかしらん、楽屋でお昼のお弁当を食べてくつろいだ後、出番10分前、衣裳着て楽屋を出て、舞台上手に悠然と向かって歩いていると・・・。
んんん??
なんか変?
なんか足元寒いし。
おろろろ。
足元・・・スリッパだよ。(しかも前日泊まったホテルのお持ち帰り、紙スリッパだよ)
幸い、誰にも気づかれませんでした・・・(汗)。
一回、スリッパのまま幕でも開きゃ、懲りるだろさ!!
あ、そのままスリッパで歌い続けたらそれはそれで立派かも。(爆)
3月8日(金)
弘道お兄さんが作詞した「みんなでイェーイ!」をレコーディング。
ニュース等でご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、弘道さんは前日(7日)膝の半月板の手術をして退院だったのだそうです。このレコーディンの前日、めぐみさんがツイッターを見てて「パパ!弘道さんが足を手術したんだって~~」と大声で騒いでいたので「ななな、なんだとぉ~~」と、こちらも大声に。
しかし、レコーディンに実際行ってみると、スーパーマンのようにスタジオに存在!
松葉杖こそ椅子におかれてましたが、スポーツマンってやっぱ全然違うよね。
勿論、弘道さんのボーカルにもなんの不安もありませんでした。
だってこの写真が物語ってるよね!!
レコーディンの合間によし兄ぃの「おかあさんといっしょ」卒業の話などもしつつ、弘道さんが番組を卒業されたころのことを思い出していました。
自分を律し、一つの事を長年やり遂げる人って、やっぱり凄いなぁと思った次第です。
弘道さんの長年に渡る大活躍といい、期待されるよしひさお兄さんの活躍といい、僕も負けないように頑張ろうと心に誓った日でした。