6月11日(月)
渋谷の桜が丘あたりにあるプラネタリウム?らしいよ。
アイスクリームみたいでしょ。このビル好きなんです。
いつもここを通るたびにあの丸~い球形をみるとなんだか嬉しくなるんですよ。(笑)
今週末はみんなのうたコンサートで福島白河へ行きます。
6月8日(金)
うちは、俗に、世間で言うところの、個人商店みたいなところ。(従業員をいっぱい抱えているわけでもありましぇ~~ん・・・)
ぶっちゃけ、世間や世界に何かアクションを起こすと言っても、大きなアーチスト事務所のように、たくさんの社員で一気にソレ~~っと組織だったことをするのはとうてい無理であります。
結局、まぁ、個人のアイデアとか、お知り合いのお知恵をかりるとか、そういうところから地道に出発ですわん。(ま、シガラミなくて結構清々しいとも言えるかな)←シガラミなさすぎかもぉ~・・・。(笑)。
そんなわけ(?)で、このところ僕の周りでは着々と新しい物や、新しい企画に進んで取り組んでいるようなのです。
いえいえ、古い携帯をiPhoneにしたり、地味にYouTubeに投稿したり、Twitterを始めてみたり、と、まあ地味っちゃ地味この上なしなんですが、少しでもみなさんに僕らの活動を知ってもらおうと言うことなのですね。
でもね、どんな形であれ、僕らがやっているオリジナルな音楽や活動を皆さんに知ってもらうとする努力は、正直、絶対に必要だと思います!!頑張れ!!頑張れ!!僕も頑張りますね!!
そう言えば、北海道の一人暮らしの母から「母さん今度スマホにしたからさ」とメールが来た。うわぁぁぁぁぁぁぁ。(汗)
来年米寿(88歳)だぞぃ。
大丈夫かぁ?(笑)
でも、メール来たってことは使いこなしてるってことかい?
6月7日(木)
梅雨の晴れ間?って言っても、昨日から梅雨だって言ってたのにぃ。
いきなりこんなに晴れて(東京)いいのでしょうか?(笑)
めぐみさんが、なんと昨日からツイッターを始めたらしい。
早々にフォローしてくださる人がいらっしゃるとのこと・・・。
そりゃあ嬉しいでしょう。ありがたいですね。
よかったね。
よかったよかった。喝采。
僕はツイッターやFacebookを止めてもう、1年以上たちますね~。
う~~ん、ツイッターは復活しようかなぁ。
トランプさんもやってることだしぃ。(笑)
週末は武蔵村山にてガラピコイベントがあります。頑張ります!
でも、雨だったら、来てくださる皆さんが大変。
今日のように快晴とまでは行かなくてもいいから、是非、雨はふらないでほしいな~~~!!
6月6日(水)
もう、「この頃日記」なんてやってないんでしょ?!
・・・って、言われそう。
すすすすまんです!(汗)(涙)
なんだかSNS疲れ(言ってるだけかも?)もええ加減にしなさいね。
というわけで、近況をお知らせさせてね。
僕は毎日元気にやってますよ。
ただ、以前と比べて、全てがゆっくりしてます。
完全に「ゆっくりあるいて・・・」状態で~~す。
いろいろと日々焦ったりはしますが、その状態が長くは続かず(笑)
「ま、それもよかろうぞ」と、認めてあげる気持ちが順調に芽生えてきました。完全に年の功では。ガハハ。
このところ、YouTubeでは、50年~60年代ポップス懐かし映像などを探しては自分のルーツの再確認をしております。子供の頃に聴いたビートルズ以前の音楽(洋楽・邦楽問わず)にも大いに敬意を表しています。
ぼくはないちっち、よこむいてないちっち、寂しい夜はいや~~だよ。ちーたかたったちーたかたった笛の音があああ。←メロも歌詞もすごい名作だと思いま~す。
4月12日(木)
この頃日記ぽくないけど、子供の頃の春の思い出を私小説風に・・・。(笑)
子供の頃の春にはヨモギのお餅をいっぱい食べた思い出があります。
北海道上川郡字旭正。
隣村に住む母方のキクおばあちゃんが毎年こさえて、持ってきてくれるのでした。
大雪山のふもとに近い僕の村もさすがに5月ともなると、春満開。
道端には野草やタンポポがいっぱい咲いてます。
キクおばあちゃんが帰る日、途中まで送って行くと言う僕と手をつなぎ、道端の草を指さして「これがヨモギさ、お餅にまぜるとおいしいんじゃ」と教えてくれたものでした。
自転車に乗れるようになった頃でした。
さんざん遊んだ帰りでした。砂ぼこりを上げる乾いた田舎道の端っこに光るような緑色の草の群生を見つけました。
普段なら見過ごす僕が、「なんだろ」と思うくらい、それは立派な深い緑色の小さな低いテーブルのようでした。
「ヨモギだ!」
いつかキクおばあちゃんが教えてくれたヨモギに違いない。
このところ自転車で遊び呆けてばかり。母に怒られてばかりの僕は考えた。
父さんが町で飲んだ帰り折詰のお土産を持って帰ってきた時、母さんが「しゃあないわ。今日はこのお土産で勘弁しましょ」と言いながら、ククッと笑ったのを思い出したのだ。
僕も父さんみたいにお土産を持って帰ろう!!きっとククッと笑ってくれるに違いない。
自転車の前カゴに、あふれるくらい摘んだヨモギと一緒に得意げに家にもどりました。
「かあさん!お土産さ!ヨモギさ!ほらほらヨモギ!」
母は、奥で何か繕いをしていたようで生返事でしたが「ああそうかい。もうヨモギ餅の季節だもね」と言いながら、ちょっと面倒くさそうに玄関に出てきました。
そして自転車の前カゴに積まれた草を不思議そうに見た後、ゆっくり僕を見て言いました。「それね、ヨモギでないよ。似てるけどね食べられない草さ。そんなにいっぱいどこで見つけたの」
あまりのことに、ポカンとしていると「しゃあないしょ。食べれんから。早く捨ててきなね」といいながら何事もなかったように母は奥に引っ込んでいきました。
それから何十年もたった春のことでした。
僕が東京で一人暮らしを決めた頃でした。母がヨモギ餅を作ってくれました。
「覚えてるかい。あの時のヨモギ、使えんかったけどさ、母さん嬉しかったよ」と笑いながら母が言った時、時間を超え、いきなりあの緑色の偽のヨモギ草を夢中で摘んだ時にかいだ青い匂いが一瞬でよみがえりました。
そして鼻がツンとしたのでした。
3月4日(日)
ご存知の方も多いかと思います。
おかあさんといっしょ元体操のお兄さん瀬戸口清文さんが亡くなられました。
番組では1985年~1987年の2年間大変お世話になりました。
幼児番組の基礎を手取り足取り丁寧に教えていただきました。
僕のファミリーコンサートの基本はほとんど、セトさんから教えていただいと言っても過言ではありません。
番組2年目の時でした、僕が渋谷の野外ステージで足を骨折したときには、地方収録用の荷物をずっと持ってくださったり、番組最後の体操の後の、さよならマーチの行進ができない僕を画面からかばうように隠してくださったり・・・。本当に心の優しい人でした。
思い出はつきません。
昨年お見舞いに伺わせていただいた時には、病室のベッドで新しい体操ソングの歌詞ノートを見せて下さり「おさむちゃん!こんどはこんな感じの子供達向けの遊び歌を考えているんだよ」と目をキラキラさせておっしゃっていたのに・・・。
「子供の目線を大切に」
セトさん!
セトさんがいつもそうおっしゃっていた事、忘れないように、頑張っていこうと思っています・・・。
合掌。
2月8日(木)
先週スカイツリー(すみだ)水族館へ行ったよ。
水族館好きなんです。
クラゲさんは何を思って揺れてるのかしらん?
今までのこと、これからのこと、彼らと互いに交信しつつ(笑)
ゆらゆらと時間は過ぎていくのでした。
あ、僕は、クラゲさんは男の子だと思うよ。(笑)
海のない内陸で生まれた僕(北海道の真ん中、旭川)は、かなり大きくなるまで海と空はきっとどこかで続いていると思っていたよ。(地平線は絨毯をたたんだ時の折り返しのようなものなんだろうと思っていた)
この日は曇っていて、スカイツリーの上からは雲や霧ばかりで東京の景色はあんまり見えませんでしたが、それでもかすむ大都会東京にはたくさんの人が住んでいて、泣いたり笑ったり、怒ったり許したり、みんなで暮らしてるんだなって思いました。(小学生の作文のようだけど)
「僕らもっと優しくならなければ」な~~んて柄にもなく思ったりしてさ。
この頃日記 1月30日(火)
先日みんなのうたコンサートがありました。東京の立川市。
テツトモさん、吉田山田さん、おしりかじり虫くん、坂田めぐみさん。
それぞれのキャラクター(持ち分)が存分に生かされたと~ってもすてきなコンサートでした。
僕は、テツトモさんのギャグが大好きで、ステージで笑い転げてしまい、次のMCや、歌を忘れてしまいそうになりました~。(汗)吉田山田さんの世界は独特で、あの詩の世界や、伸びやかなお二人の歌声は他に比べようのない唯一無二の吉田山田ワールドです。素敵でした。
坂田めぐみさんはこのところ作品提供だけではなく、自分の歌の世界を着々と構築し、聴く人を自分の世界に誘い込んでいくのでした。
さあ、僕も、負けないように頑張らねば!
そんなふうに改めて思った素敵なコンサートでした。
写真後ろに地味に(笑)写っている方は演出のY様です。昔のテレビ番組の話で大盛り上がり。白馬童子、名犬ラッシー、赤胴鈴之助、お笑い三人組・・・。(みなさんわからないですよね~。笑)画面は当然白黒だあああ。(笑)
2018年1月12日(金)
新しい年。
さて今年はどんなことが起こるのでしょう。
毎年この時期になるとそんな期待と不安がむくむくと
湧き上がってくるのであります。
明日から大学入試センター試験なんですってね。
(実はよく仕組みがわかんないんだけど・・・)
僕の大学受験の頃の思い出をひとつ。
高校3年の今頃、実家の札幌にて。北国。外は真っ白雪景色。
東京の大学受験を控えたけっこう大事な頃だった。
僕の勉強机の右隣にはエレキ・ギターが立てかけてありました。
(当時フォークギターは持ってなかったんよ)
シールド(コード)は常時アンプに繋がっていて、いつでもスイッチ・オンできます。
「この問題が解けたらギターを弾ける」
一問正解すると、ギターで一曲弾ける!
そう自分に課せていたのだった。(へ~、やる気を出させる方法だね)
「パブロフの犬」かよ。(この表現、おお!なんだか頭がいい感じだね)
でもね、受験勉強してんだか、ギター弾いてんだか
部屋ではたえずひっきりなしにエレキ・ギターの音が鳴ったり消えたり・・・。
下の居間では、親が、
息子は受験勉強してんだろうか?
あいつあれで大丈夫なのか?
ふざけてるのか?・・・・さぞかし不安だったろう。(笑)
音楽は大好きだった。
だけど、それを仕事にするにしても、とりあえず、どんな形でも東京に行かないことには始まらないしなぁ。そう信じていた僕だった。
そうは言ってもミュージシャン情報も何もない当時の北国のこと、ギターと受験勉強とを、交互に真面目にちゃんとする?(笑)あの不思議なミステリアスな時間。う~~ん、やっぱ懐かしい。
ギター弾きたさに必死に勉強するアホさ加減。(笑)
受験当時の自分のことだけど、クスッと笑ってしまうのでした。
合格を知った日は、これで晴れて東京に行けるぜ!!ってな感じで、遠慮なく、休みなく、連続10時間ギターを弾き続けてやったぜ。(笑)
あ、でもね、当時は共通一次もセンター試験もなかったなぁ。
坂田!あんたはどんだけ前の大学受験だっ!!(汗)
天候が心配ですが、全国の受験生のみなさんのつつがない健闘を祈ります!
新年お年玉をひとつ。
僕のソロデビューした頃(1977年)のLPジャケットB面だよ。(あ、野球は下手っす)ところで、LPって分かりますかねぇ~。(笑)
今年も残すところ、あらら、あと2日ですね。
皆様にとり、今年はどんな年でしたか?
僕はやっぱり、何やかや言っても幸せな一年だったと思います。
病気もしなかったし、お仕事も順調だったし。
今年を振り返ると言っても、何か重大な事件が起こったわけではないのです。
ただ、淡々と日々、歌や仕事のことを考えていたというのが本当のところ。
あ、でもね、さすがに11月からは何十年かぶりのライブがうまくいくかどうかと、毎日悲鳴をあげて「ヒ~コラ」していたかも。
でも、なんだかもう遠いような~。(笑)
山登りみたいなもんですかね。
苦しかったけど(準備とかでね)また、絶対登りたくなるんですよね。
ライブでは、本当にみんなが喜んでくれているのが近く感じられて、とてもシアワセな気分でしたよ。
あ~楽しかったぁ~。
それにしても年々時が過ぎるスピードが速くなるのは(速く感じるのは)なぜ?。
つい先日に大晦日だったような~。
オイ!(汗)
今年は特に、いつにも増して「誰か」に助けられたっていっぱい感じます。
一人一人誰か?って名前をあげられないけれど、そんな「誰か」に助けられている気持ちがず~っとしていました。
そうだね、特にこの5~6年はそんな気持ちがいつもするんだよ。
目には見えないけれど見守られている気持ち。
大切にしよ~っと。
2018年 皆様にとり、良い年になりますように。
この写真、ど~れも懐かしい2017年。超バカ的でどれも好きだぁ~。(笑)
でも、もっとちゃんとした写真ないのかよっ!!ないんだな。これが。
全部怪しい。マジ、変顔通り越し~~。