9月10日(木)
来月10月11日(日)に東京都主催のイベント「ヒューマンライツ・フェスタ東京2015」
に父娘で出演させていただくことが決まって、昨日新宿の都庁にご挨拶に行ったよ。
パスポートや、運転免許の更新とかで地下に行ったことはあるけど、
新宿都庁ビルの上に行ったのは初めて。
上の階から見る都会の風景はとてもダイナミック。
思わず、ため息。
一緒に行っためぐみさんも大感動してたみたい。
僕は本当は高いところは怖くてダメなんだけど、あそこまで高いと、
もうきっぱりとスッキリと、な~んでもこい!やってやろうじゃねえかい!(笑)
みたいな気持ちになるもんだ。
2015年8月10日(月)
お盆の期間。「ご先祖様あっての僕」。
(お線香の宣伝みたいだけどさ・・・)
若いあんちゃんの頃は絶対そんなこと考えなかったけどね。(笑)
たしかにご先祖のどなた様が欠けても現在の僕はいないのだよね。
SFでタイムトラベルものが大好きな僕は映画と同じように過去に戻って、どんな人がご先祖様なのか是非見てみたいといつも思う。
できればお話をしてみたいなとも思う。
思うに、同じ悩みをもっていたり同じような楽しみ方をしているような気もする・・・。
このところ、毎日これでもかと戦争の悲惨さを伝える番組見すぎてしまい少し気持ちが落ちてる。(平和を願う気持ちはグングン上がるけどネ)
祖父や祖母はもろに子供を戦争にとられた世代。
息子二人は戦争からかろうじて生きて帰還。よかったね~。
普段と~っても冷静沈着だった重治(しげじ)じいちゃんが戦争から帰ってきた長男を抱きしめてオイオイ大声で泣いた話はとっても有名。子供の頃よく聞いた。
へえ、重治(しげじ)じいちゃんが泣いたの?
僕はそのことだけでも、どんなに嬉しかったか想像した。
それはキクばあちゃんから何度も聞かされた話。(あ~ちょっと意地悪くネ。)
戦争が終わって次の年の春、二人で畠仕事をしていた時、遠くからボロボロの兵隊服を着た息子らしき人をみつけ重治じいちゃんは「恒夫(つねお)じゃ~!」って言って思わずクワを放り投げて飛んで行ったとさ。
しかしそのときぶん投げたクワがキクばあちゃんの足に当たってばあちゃん打撲。
本当はキクばあちゃんだって嬉しくて嬉しくて飛んで行って息子を抱いてやりたかったさ。オイオイ一緒に泣きたかったさ。
だけど痛くて動けない。違う意味で泣いたさ。(笑)
その時の感動話は、いつもキクばあちゃんの「あのクワは痛かったじゃ」となり、重治じいちゃんはその話が出るといつも下を向いて静かにしていた。
もう、重治じいちゃんもキクばあちゃんも恒夫おじさんもみんないないけれど、お盆の季節になると僕は思い出す。みんな大好きないい人達だった。
なんでこんな話に。
いや、このメガネ、昔キクばあちゃんがしてたメガネに似てるな~と思って。(笑)

2015年6月23日(火)
ちょっと前になりますがNHKアーカイブスという番組に出ました。「おかあさんといっしょ」を特集したものです。一曲自作曲「にじのむこうに」を歌いました。さてこうして見ると歴代のキャラクター達の変遷がすごいなぁ。いろいろ、抜けちゃってるけど(笑)。右のブーフーウーは完全に知ってるんだぞ!すごいでしょ!(笑)
4月16日(木)
この頃日記
メトロノームって・・・の巻
曲を実際に作るときはテンポってとっても大事。
いろんなやり方で曲を作りますがリズムボックスを鳴らしっぱなしでやることがあります。
何種類ものリズムパターンを鳴らしながら、リズムの合間をぬってメロディをうめていきます。
電子機器だからテンポの正確さはさすがだね。
先日こんなメトロノームが出てきました。
これってバネだもんね。
キコキコってネジを巻いたら動き出します。
当然、ホントは微妙にテンポも揺れていることでしょう。
でもね、バネのネジを巻いたのは僕だからね。(笑)
小・中学校の頃の音楽の授業を思い出しました。
鳴らしながらメロを考えていると、なんだか幸せな感じの歌ができました・・・。
メトロノームは三拍子が似合うね。
4月10日(金)
ベトナムへ行ってきました。
僕が中学生の頃ベトナムと言うと戦争のイメージしか
ありませんでした。
いわゆるあのベトナム戦争ですね。
ガイドをしてくれた若いベトナムイケメン男性のクェさんの
おばあちゃんは戦争で亡くなったそうです。
この女性がポーズをとっている型の戦車の弾が当たったので
遺体なのかどうなのかもわからなかったそうです。
「でも戦争だからしかたないね」と語り方はとってもクール。
お客さんがアメリカ人の時はどうするの?と僕が聞くと
少し不思議そうに、ガイドだからアメリカ人を案内する時も同じように
「戦争だからしかたないね」とクールに言うんだそうです。
観光地化した戦争証跡博物館。
アメリカ人もベトナム人も中国人も日本人も
みんな同じところで記念写真を撮ります。
戦争が終わって40周年です。
この頃日記
2015年3月31日(火)
なんと今年初のこの頃日記。
春も春。
桜が満開の渋谷。み~んなこの坂の上から写真を撮るんだよ~。
新しくリニューアルされたホームページ最初の日記。うまく
行くかな~~。(やり方がまったく今までと違うのですわん)
ドキドキ。ドキドキ。さあうまく公開されるか!!
それ!ボタンを押します。GOGO~~っ!!
いろんなことがありました2014年・・。 とうとう12月も残り3日。
年々月日の経つ速さに加速度がついたような気持ちね。
これってまわりみ〜んな言ってるもんね。
実に時間が早いね〜って。
思い返せば小学校3・4年くらいの頃って、時間が経つのが遅かった気がしませんか?
大袈裟に言うと時間が止まってるくらい。
ひょっとして明日なんてもう来ないんじゃないかしらと思ったくらい遅かった気が・・。
授業中よそ見しててよく先生に叱られたっけ。
教室の窓から外をぼ〜〜っと見てると、春には田植えが見えたんだよね。
田植えの風景って大好きでした。
田植えってわかります?稲の苗を植えるのよ。田んぼに・・・。
稲って田んぼに直接タネ(たねもみ)を撒くんじゃないのよ、少し育った青い苗を田んぼに規則正しく植えていくのです。(こんな説明いるんですかねぇ。ははは)
まだコンバインとか、器械とかないころだったし、当然人が全部植えるんだけど、その姿がまぁ、実にのんびりしているように見えたのよ。
動きがほとんどないかんじ。
でもね実はものすごい運動量なんだけどね(偏ってる)・・・。
古いドラマとかで田舎のおじいちゃんのおばあちゃんの腰がみんな曲がっちゃってるのはそのせいだと思うよ。
僕の祖父・祖母も農家でした。
当然腰が曲がってました。
腰の曲がりは仕事の熱心さの勲章ですわな。
来年は「ゆっくり歩いて」じゃないけど、もっといろんなことをじっくり味わっていこうと思っています。
良いお年を!!

写真は秋に行われた「きらら15周年記念コンサート」で描いていただいたコンサートロビーの看板です。
11月15日(土)
坂田、ツイッターやらフェイスブックやら、投稿してますが(FBは時々ね)、本家本元は「この頃日記」でございます。キッパリ!
約一カ月の御無沙汰でした。(汗)
先月スピーカー側の鉢植えのポトスを床に落っことし、土がど〜〜んとばら撒かれ、あわててかき集め戻しましたが鉢の中身の「土」が変に少なくなりました。
どこ行ったもんだか・・・。
しかたなく、園芸用肥料を直に追加したら、それがいけなかったらしくそれ以来、あんまり元気のないポトスさん・・。
ポトスさんは音楽家にとっても良い植物と聞きます。
なんとか、回復して欲しいと先程、培養土(いわゆる普通に近い土)を買って来て土を追加しました。
坂田、植物とのご縁があんまりなく、いつも枯らしてしまうのです。いか〜〜ん。
反省。
良い音を聞いた植物は綺麗な花を咲かせるって本当らしい。
これはなんとか今までの坂田のジンクスを破らねば!!
元気に青青と育ってもらわねば!
頑張れ!ポトス!今までごめんね。

さて、あーちゃん(ネコ)の寝姿カット写真をサービス。(飼い主の強引エゴですなぁ〜)
・・・・パーマンがただ寝てるだけじゃんとの評判もあり。(汗)(涙)(笑)
10月8日(水)
この頃は、すっかりご無沙汰してしまってるこの頃日記。
きのう、めぐみさんから、「そういうのちゃんとしないといけない!」
と言われ、大反省。
スンませ〜ん。
日記だし。(汗)
毎日そりゃいいことばっかりじゃないけれど
頑張ってるからね!って、みなさんに伝えたいものね。
「ありがとうの花」いろんな人が歌ってるのを偶然
インターネットで見ました。
ああ、あの歌を創ることができて
良かった〜と本当に思ったのでした。
味のある歌い方や、やさしい歌い方、み〜んな素晴らしいです。感激!
ありがとう!

マジ起きぬけ写真自撮り。うまく撮れない〜。(笑)(爆)からのぉ・・・。
おさむ
5月11日(日)

すっかり御無沙汰してしまいました。
先週のNHK−FMキッズソング三昧10時間も無事終えて
1週間経ちました。
「とても楽しかった」とのお褒めの言葉をたくさんいただき本当に嬉しいです。
ありがとうございました。
さて今日は母の日、実はすっかり忘れていて昨日の夜中にインターネットにてお花を慌てて注文・・。
しかし北海道の実家にお花が着くのは13日(火)以降だそうですわん。(汗)
しかたねぇ、さっきメールで、ありがとうの言葉と、そんなわけでお花は今日着かないことをお知らせ。
「ハイハイ。覚えていてくれただけでも嬉しいさ」などとのお返事あり・・・。
父が亡くなってもう13年かぁ。
早いもんだなぁ。
絵に描いたような(?)故郷で一人暮らしの母。
今頃どうしてるかな・・・。
時々思い出しては無沙汰を詫びつつ、やっぱり日々に追われてます。
そう言えば、先日のラジオの放送の時、リクエスト曲に
「かあさんのうた」を入れました。
母も大好きで、このうたを聞くと「母さん(祖母)を思いだすよ」とよく言ってました。
キクばあちゃんのことだね。
キクばあちゃんは、母が小学校の頃本当にいろりの傍で、てぶくろを編んでくれたそうです。
でも編み物が不得意だったキクばあちゃんの作品は親指のところと、あとは全部の指がつながった、いわゆるぼっこ手袋だったのだそうです。
その手袋をしていくのが恥ずかしかった母は、いつも学校につく寸前にその手袋を外し鞄にしまって教室に入っていたそうです。
その話はよく聞きましたが最後には決まって笑いながら「でもとっても温かかったよ」と嬉しそうに話すのでした。